Jazz Standard — 1951
アンフォゲッタブル
| 作詞 | Irving Gordon(アーヴィング・ゴードン) |
|---|---|
| 作曲 | Irving Gordon(アーヴィング・ゴードン) |
| 制作年 | 1951年 |
| 初演 | Nat King Coleによる初録音(1951年8月17日、Capitol。編曲:Nelson Riddle) |
| キー | E♭(変ホ長調) |
| 拍子 | 4/4拍子・32小節(豊かで独特な和声進行を持つバラード) |
1951年、作詞・作曲ともにアーヴィング・ゴードンの手による一曲です。もともとの仮タイトルは「Uncomparable(比べようのない)」でしたが、楽譜出版社の求めに応じて「Unforgettable(忘れがたい)」に改題されました。同年8月、ナット・キング・コールがネルソン・リドルの編曲でキャピトル・レコードに録音し、これが今も最も有名なバージョンとして知られています。この録音は、リドルが正式にアレンジャーとしてクレジットされた最初のセッションでもあり、以後コールとリドルは長年にわたる名コンビとして数々の名盤を生み出していきました。1961年にはコール自身がステレオ録音として再録音しています。そして1991年、コールの死から26年を経て、娘のナタリー・コールが父の1951年の原盤ヴォーカルを編集・再構成し、世代を超えた「デュエット」として蘇らせました。このヴァーチャル・デュエットは大きな話題を呼び、レコード・オブ・ザ・イヤーを含む複数のグラミー賞を受賞し、作詞・作曲を手がけたアーヴィング・ゴードン自身も、曲の完成から40年を経て「ソング・オブ・ザ・イヤー」を受賞しています。デジタル技術による過去の録音の再利用としては先駆的な試みであり、今なお音楽史における印象深い瞬間として語り継がれています。
歌の情景・意味
恋人のことを、決して忘れられない、比べようのない存在として讃える、シンプルでありながら深い愛の歌です。「あなたは忘れがたい人」という言葉が繰り返され、あなたのような人は他のどこにもいない、あなたに出会えたことは自分にとって幸運だったのだと、率直に語られます。装飾的な比喩を多用するのではなく、「忘れがたい」というたった一つの言葉に想いのすべてを託すことで、かえって深く静かな愛情が伝わってきます。派手な誓いではなく、心の底からの確信を、穏やかに、そして揺るぎなく歌い上げた一曲です。
※掲載している英語歌詞は原詩の著作権に配慮し、内容を要約・再構成したオリジナルの言い換えです。正確な原詩は楽譜または正規音源でご確認ください。
キー:E♭(変ホ長調) 形式:32小節
豊かで独特な和声進行が特徴的な、バラードの傑作として名高い曲です。
前半(1〜8小節)
▶ ポイント:出だしはE♭maj7の落ち着いた響きから始まり、Fm7からB♭7へと進むツーファイブが繰り返されます。歌詞が「忘れがたい」という言葉を静かに、しかし確信を持って繰り返す構成と、この穏やかで包み込むような和音の反復がよく重なっています。ネルソン・リドルによる編曲の美しさも、この曲が長く愛される理由の一つです。
後半(9〜16小節)
▶ ポイント:後半も前半と近い性質の和音で構成されており、曲全体を通して一貫した温かみのある雰囲気が保たれています。歌詞でいえば「これほど忘れがたいあなたが、私のことも忘れがたいと思ってくれているなんて」という、静かな感動のクライマックスと重なります。派手な転調を避け、じっくりと聴かせる作りになっている点が、この曲の完成度の高さを物語っています。
Unforgettable
Nat King Cole(ナット・キング・コール)
編集盤
ナット・キング・コールの代表曲「アンフォゲッタブル」を軸にした、やさしい歌声の一枚です。
Unforgettable
Johnny Hartman(ジョニー・ハートマン)
1966年 / Perception
ジョニー・ハートマンの豊かなバリトンが、バラードをやさしく歌い上げる一枚です。
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Irving Gordon アーヴィング・ゴードン(1915–1996)
アメリカ・ニューヨーク(ブルックリン)生まれ。1930年代から当時の人気曲の替え歌を書き始め、1937年にはデューク・エリントンと出会い、彼のインストゥルメンタル曲に歌詞をつける仕事を頼まれるようになりました。「Unforgettable」のほか、「Mister and Mississippi」「Delaware」といったユーモラスな地名ソングでも知られます。「Unforgettable」の作曲から40年を経た1991年、ナタリー・コールのバージョンでグラミー賞のソング・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。